<旅行記>

 禄剛崎灯台


本州(日本海側、走行日数24日)
走行日数24日青森県大間町〜山口県下関市

|本州(太平洋側)||北海道||九州(日向灘)||沖 縄||九州(有明海)||瀬戸内海||四 国||瀬戸内海&淡路島|

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旅行記

2010年08月28日(土)  走行距離:154.04q>  <天気:晴れ>
青森県大間町〜青森市(浅虫温泉)海水浴場  <日本海側周回1日目> <走行47日目>
     昨夜の野営場所である「大間崎テントサイト(下北半島・大間崎)」は、無料のわりには芝の手入れが比較的行き届いていました。函館へ向かう最終フェリーに乗船出来なかったときや下船の時間が遅くなるとき等は、雨さえ降らなければ利用すればいいと思います。なんといっても無料ですから。

 さて、この日の朝、青森県大間町のキャンプサイトを出発。「むつはまなすライン(国道279号線)」をむつ方面へ向かう時「下風呂温泉」のあることが分かっていましたので、そこで朝風呂に入ることにしました。

 温泉は国道の傍にあり、北海道へ向かうとき、温泉から出る強烈な硫黄の匂いが鼻をツ〜ンとついたことから、すごい温泉なんだなあ〜と実感していました。ということで、この朝は、躊躇することなく入浴することにしたというわけです。

 私の入った温泉は、町営のお風呂で300円の安い料金でした。浴室入り口には「温泉遺産認定証書」の額が掲げてありました。これは日本温泉遺産を守る会から、「源泉かけ流し風呂」であることの「温泉遺産認定証書」が受賞されたものです。それにしても様々な機関があるものです。

 ここの温泉は泉温が摂氏九十五度もあるそうで、オープン前の時間までに「浴槽に水を流し込んで温度調整」をしているそうでした。

 温泉に入るときは最高の気分になるのですが、そのあと走りだすとなんだか脱力感に襲われるのが難点です。なので、走行中の入浴は、可能な限り避けることにしていました。

 ところで、私の入った町営風呂は、なだらかな坂道を上ったところにあります。それが国道に戻る下りでブレーキがほとんど効かないことに気付いていました。思い切って下りかけたもののすぐ左側の土手に前輪をぶつける感じでやっとの思いで止めることが出来ました。やばい!調整方法が後ほど分かったわけですが、自転車のディスクブレーキは、本当に面倒です。

 さて、陸奥湾(下北半島と津軽半島の中央に位置する。青森市街のほぼ中央)に出っ張ってる部分があります。つまり、夏泊半島です。左の写真は、その半島の青森湾側にある「道の駅浅虫温泉」傍の海水浴場「サンセットビーチ」です。

 この海水浴場はとても美しい砂浜でした。この日は土曜日、ということもあり多くの家族や若者、それに観光客が車で訪れていました。8月も最後の休日ということもあり、皆さん本当に楽しんでいました。
 
 到着後、時間的余裕がありましたので、朝風呂に入ったままで汗もかいていますので、この日2回目となる「道の駅浅虫温泉」でのお風呂でした。しかし、道の駅敷地内にテント設営場所が見当たりません。そこで目に付いたのが海水浴場でした(左の写真)。
 

 この日は、幸い晴天でしたので海水浴場でテントを設営することが出来ました。美しいビーチでした。ただ、日中の暑さには参りました。走行途中あまりの暑さに体力が消耗していましたので、カフェに立ち寄りアイスコーヒーを飲むほどでした。青森といえども、夏の炎天下は本当に暑いものだと実感したものです。


2010年08月29日(日)  <走行距離:101.51q>  <天気:晴れ>
青森市(浅虫温泉)〜青森県(津軽半島)・龍飛崎(灯台駐車場) <日本海側周回2日目> <走行48日目>
 津軽半島を龍飛崎へ向かう途中、愛知県出身の54歳の男性と出会うことができました。彼は、夏になると毎年走っているそうでした。要するに繋ぎながら、最終的には日本一周を目指すというものです。今年は津軽半島を回り、北海道の一部を走ってから9月中旬には帰宅するそうでした。道端でお互いが記念写真を撮ったあと別れをしました。

 さて、龍飛崎、私にとってこの地を訪れるのは二度目になります。最初の観光は、2月の真冬でした。あえて真冬を選択したわけですが。その時は、駐車場の少しはずれにある、竜飛崎・ホテル竜飛で宿泊しました。もっとも、この時の旅費と宿泊費は、勤務先による褒美でした。私は独身だったので、単独の旅でした。

  「作家・太宰治」を輩出した青森県。津軽半島で太宰治は、「津軽でここを過ぎて道はない、あとは海に転げ落ちるばかりだ」と記しました。確かに岬の先端は、断崖絶壁でその下は海(津軽海峡)になります。転げ落ちる以外、進む道はありません。転げ落ちたその先は、北海道になります。

 さて、左の写真の中央に龍飛埼灯台専用の広い駐車場が見えています。そのすぐ近くには「階段国道339号線」もあります。また、この高台のすぐ近くには龍飛崎漁港があります。漁港のそばには、今は案内所として使われていますが、太宰治ゆかりの宿「日奥谷旅館」もありました。

 高台からの眺望は素晴らしくて、とりわけ龍飛崎漁港等は絵葉書を見ているような美しさです。高台の上には竜飛崎温泉もあります。私はここで、夕食とお風呂を済ませることが出来ました。

 またホテルロビーの中央真下、遥か地底を青函トンネルが通っています。ホテル・ロビーには、列車の通過音を聞き取るための装置が備えてあり、列車通過時刻表まで備えてあるので、列車通過時間に合わせて列車の音を聞き取ることもできます。
 
 もう一点見逃せないのが、このすぐ近くに「青函トンネル記念館」があり、ケーブルカーで海面下140メートルまで下りると、地下トンネルを観光することもできます。一度は訪れてみたくなるほど素晴らしいところです。なお、海底トンネルの観光にはケーブルカーの時間が決まっていますので要注意です。

 竜飛崎まで来ると食堂やお店がありません。ただ一つあるのは、写真の駐車場近くにある「竜飛崎温泉」です。事前予約しておくと食事が出来ます。お風呂は料金さえ出せば食事に関係なく入ることも出来ます。

 一方、竜飛崎灯台駐車場の傍には、石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」の歌謡碑もあります。この歌と、階段国道339号線がこの地の存在を全国へ情報発信させたことは、ほぼ間違いありません。

 いずれにしても、青森県は素晴らしいところです。寒くなければ最高なんだけどな〜。

 なお、ここまでの道は平坦であり、とても走りやすかったですね。この日の野営は、竜飛崎駐車場にある少ない芝生の一角でテント設営をしました(写真中央に見える駐車場で、手洗いの傍になります)。


2010年08月30日(月)   <走行距離:96.99q>  <天気:晴れ>
青森県津軽半島・龍飛崎(灯台駐車場)〜青森県深浦町(道の駅ふかうら) <日本海側周回3日目> <走行49日目>
     竜飛崎灯台を出発すると、悪夢のよう峠越えが待ち構えていました。とりわけ灯台を出発した後の「竜泊ライン」の上り坂の一部区域には、10%の勾配の上り坂がありました。ましてや荷物を乗せた自転車で激坂を走れるはずがありません。出発後、一部区間では、荷物を乗せた自転車を押すにしても地獄でした。
 
 昨日出会った愛知県の男性がこの道を通っていましたので坂道のあることは承知をしていましたが、その勾配は中途半端ではありません。朝、出発をしたのが6時20分でした。頂きにある展望台に着いたのが7時50分になっていました。

 激坂を上るのは辛いものですが、上り切ったそこから下界を見つめるその時の爽快感は、苦労したものだけに与えられるご褒美ともいえます。

 展望台からの峠を下る道は、ヘアピンカーブの連続なので慎重な運転が求められます。そして、海岸まで下ると、眼前に広がるのは、眩しいばかりの日本海の大海原へと景色も一変します。海岸線に面して民家が一切ありません。目にするのは、津軽国定公園である自然豊かな山と海です。今でも、眩しいばかりの美しい海水の透明度がまぶたに焼き付いて離れることはありません。

 美しい海岸線に沿うように平行する「竜泊ライン」を走り続けると「道の駅こどまり」へたどり着きます。

 休憩のため、「道の駅こどまり」へ立ち寄りました。すると、若いライダーが私のもとへと来ると、話しかけてきました。彼は、私が自転車で日本一周をしていることを知ると、「私にもパワーを分けてください・・・」と自ら握手を求めてきました。
 
 休憩の後、日本海側の五所川原市まで出ると、国道339号線・小泊道  少し走ると、十三湖畔に軒を連ねてお店がありましたので、とにかく暑かったこともあり立ち寄ってみました。お店に入ると、真夏ではありますが、この土地名産のしじみ汁がありましたので、ここならではの郷土料理との思いから、注文をしました(200円ですが)。さすがに額から汗が出ました。青森であってもとにかく暑いものです。大阪の暑さとほとんど変わらない暑さでした。このあと、氷まで食べてしまいました。なんだ〜これわ。

 十三湖大橋を渡ると「メロンロード」を通り、海岸線にある「千畳敷」を横目にしながら走る等、この日たどり着いたのが青森県深浦町にある「道の駅ふかうら(日本海沿・国道101号線)」でした。この日の夜は、この道の駅の軒下の長椅子で寝ました(写真)。なお、深夜になると雨になりました。


2010年08月31日(火)  <走行距離:102.51q> <天気:深夜から翌朝まで、ゲリラ雷雨、のち晴れ>
青森県深浦町(道の駅ふかうら)〜秋田県大潟村(道の駅おおがた) <日本海側周回4日目> <走行50日目>
     この日は早朝から雷雨です。旅を通じて大雨の中を走り抜けたことは、これまでも度々ありました。でも、この朝の雨も、ものすごいゲリラ豪雨でした。何よりも雷が問題でした。雷が鳴り止むまでは、危なくて走りだすことも出来ません。

 外を眺めていると、私と同じ住いのナンバープレートを付けたキャンピングカーを発見しました。話してみると、住まいも比較的近いところでした。キャンピングカーを使ってご夫妻で旅をされてるところでした。同じ南大阪なので、なんとなく嬉しくなりました。奥様から果物の差し入れを頂きました。
 
 このご夫妻も津軽半島を観光されたようで、私の通った灯台からの厳しい峠を走ったもののキャンピングカーですら、なかなか思うように峠を上ることができなかったことを話されていました。

 出発時間は遅れたものの、なんとか雷も鳴り止みました。同時に強い雨脚も若干あがってくれたので、強行出発をしました。一時は、下手をするともう一晩ここで足止めになるのでわ?と腹を据えたものです。
 
 この日の移動場所は、南秋田郡大潟村にある「道の駅おおがた」でした。男鹿半島に入る少し手前になります。

 国道101号線をしばらく走り続けると、「道の駅おおがた」へ向かうため、途中、42号線へ入りました。ところが、一旦降りやんでいた雨ですが、なんと道の駅まであと10Kmほどのところで、またもやゲリラ雷雨に襲われてしまいました。進行方向に鉛色をした雲が覆っているのが確認できたのですが、強行しました。それはもう恐ろしいほどの雨でした。前方から来る車、とりわけ大型車が通るとまるで海を走る水上バスです。すれ違うたびに猛烈な水しぶきが空から・前方からと襲ってきたものです。それは恐ろしかったですね。道の駅に着くころには雨もやっと上がってくれました。

 道の駅の少し離れに「大潟村温泉保養センター」がありましたので、そこで入浴を済ませることができました。なお、入浴途中に碁盤の目で区画された街並みがありました。なんだか住みたくなる、そのような落ち着きのある町並みでした。削除したのか残念ながら道の駅の写真が残せていません。

 道の駅ですが、休憩所が24時間開放されていましたので、中にある長椅子で寝ることができたので、助かりました。


2010年09月01日(水)   <走行距離:95.38q>  <天気:晴れ>
秋田県大潟村(道の駅おおがた)〜秋田県(道の駅てんのう) <日本海側周回5日目> <走行51日目>
     この日の走行は、男鹿半島を周回するのが日程でした。この日も、とにかく暑い一日でした。

 道の駅を5時20分に出発したものの、交差点で無造作にもうっかり間違った方向へ入り込んだため、往復1時間のロスタイムをすることになってしまいました。なんとも無駄な時間ロスをしたものです。

 男鹿半島は、それ程大きな半島ではありませんが、予想以上にアップダウンのあるところです。おまけに半島に進むにつれ、かつ、メイン通りを外れると一部で標識を掲げていない所があるため、枝道に突き当たると進むべき判断に困ったものです。このルートは結構、疲れました。

 NHKのテレビ番組を通じて、ナマハゲのオブジェを見たことがあります。自転車で地元を走り、生のナマハゲを目にすると、リアルさが実感できます。所によっては「なまはげ館」の看板も目にしましたが、立ち寄るための時間的余裕がありませんでした。

 やっとの思いで男鹿半島の先端にある「人道埼灯台」へと辿り着くことができました。他でもよく見られる光景ですが、灯台のそばには、数軒のお店が軒を連ねて営業されていました。また、岬の先端の海岸からは遊覧船も営業されているのが見て取れました。

 この日は、男鹿半島を通り越したところにある「道の駅てんのう(八郎潟調整池の近く)」での野営でした。道の駅に着くと、すぐ他に7名ほどの青年が自転車で集団移動中でした。道の駅は、改修工事中でしたが軒下の傍でテントを設営しての仮眠でした。なお、ここでもそばに温泉がありましたので、疲れを癒すことができたので助かりました。


2010年09月02日(木)  <走行距離:105.53q>  <天気:晴れ>
秋田県(道の駅てんのう)〜山形県(西浜キャンプ場) <日本海側周回6日目> <走行52日目>
 この日も暑い一日でした。走行距離の長短に関係なく、暑いなかを日々終日走り続けるのは、疲れるものです。ともすれば単調な走行の繰り返しですから、頭がボ〜としたままで、なかば無意識の状態で走っていることさえあります。居眠りをしないようにするのに困ったことがあるほどでした。このような状態ですから、夜になるとブログ更新をしているものの携帯電話を持ったまま寝てしまうことさえありました。何を書き込んだのかさっぱり分からなかったものです。

 日本海側もこの周辺は、これと言った変化がありません。海岸線に近い国道を、ただひたすら走りました。秋田県から山形県に入った県境に近いところにある「道の駅鳥海」で野営をするつもりでしたが、野営に適した場所がありません。近くの海岸そばに「西浜コテージ村キャンプ場」がありましたので、場所変更をしました(写真)。ここでも、近くに鳥海温泉がありましたので入浴することが出来ました。

 ここのキャンプ場にも、洗濯機と乾燥機が設置してありましたので助かりました。ただ洗剤までは備えていません。このようなことも含めて、洗剤をコンビニで買っておく必要があります。

 ところで、テントを設営している時でしたが、荷台支柱に亀裂の入ってるのを確認しました。これで二度目になります。まず、自転車を購入した取次店を通じて、新潟市内にあるお店で修理をするための依頼手続きをしました。そのため、自宅に備えてある予備キャリアを急いでイオン新潟店まで宅配する手続きを取りました。この場所からだと、2日後にはお店に届くことが分かりましたので、時間ロスを防ぐため、少なくともその日の午後までには発送してもらうことが必要でした。

 亀裂の入った荷台に荷物を載せて走行すると、荷物の重量に耐えかねて支柱がいつ破損するかもしれません。そのリスクを避けるためには、自転車の荷台に荷物を積まないようにする必要があります。

 キャンプ場近くで夕食をしたお店のご主人を通じて、荷台に乗せてある荷物を宅配できないか相談したところ、宅配の出来ることが分かりましたので早速お願いしました。

 とりあえず夜はキャンプ場でテントが必要なので、出発の翌朝お店から宅配して頂くことにしました。荷物は翌朝、お店の裏の片隅に置いての出発でした。助かりました。


2010年09月03日(金)  <走行距離:116.49q>  <天気:晴れ>
山形県(西浜キャンプ場)〜新潟県村上市(ネットカフェ) <日本海側周回7日目> <走行53日目>
 キャンプ場を出ると、海岸を並行する国道112号線を走行。やがてこの国道も海岸線を並走する国道7号線に変更します。ところがこの日の海岸線は、すごい強風です。それも向かい風で自転車がちっとも進みません。それどころか、時には風にあおられて、転倒しそうになったことさえありました。特にトンネルに入ると、トンネルが向かい風の吹き抜ける煙突となり、行く手を拒みます。下手をすると、この日の移動場所へ着くことができなくなる、とすごい不安に駆られたものです。出発の朝、テントを配送してたので、どこかで野営することも出来きません。とにかく道の駅を目指す必要がありました。
 
 「勝本」という地名のところに着くと、海岸線を通る国道7号線が分離し、7号線は内陸へと迂回するコースをとる一方、引き続き海岸線に沿う国道は、345号線へと変わりました。そこで、このまま海岸線を走っていると目的地へ着くことができないと判断した私は、内陸側へと迂回する国道7号線のコースを選択したのです。

 内陸部に入る国道7号線は、トンネルがあるほどで結構な上り坂が続いていました。峠の田舎町にたどり着くと、周辺にスキー場がありましたから。それでも海風の中を走ることを思えば、全然苦になりません。上り坂もありすごく迂回しましたが、結果としてこのコースを選択したことが正解でした。
 

 走行中に「道の駅朝日」がありました。自転車を止め、寝る先を探すも、テントなしで寝れるような場所がありません。そこで、地図上に「道の駅神林」が確認できたので、そこを目指しました。すると、新潟県村上市街でネットカフェーが目にとまりました。夜も更け、外はもう真っ暗です。当然、ちゅうちょすることなく、そこへ入り込みました(写真)。

 見知らぬ夜道を走るほど不安なことはありません。それも何処を走っているのかの判断がつかないわけですから。夜間走行は極力避けることにしているものの、このように想定外のことが起きると、夜道を走らなくてはならないことも多々あるものです。そのためにもライトは万全でなくてはいけません。同時に、私のように視力の良くない人は、予備ライトとして、道路表示板を照らすための準備もしておくことも大切です。


2010年09月04日(土)  <走行距離:84.15q>  <天気:晴れ>
新潟県村上市(ネットカフェ)〜新潟市街(ホンマ健康ランド) <日本海側周回8日目> <走行54日目>
 ネットカフェーを6時頃に出発。この日は、7号線を走っていたものの、新潟市内手前からバイパスに変わっていることに気付かず、そのまま突入しました。これはやばいと気付き、慌てて下りました。近くのガススタのお兄さんに聞くと、「自転車に乗った方がバイパスを走っている姿を結構見かけます」とのことでした。恐らく進入禁止標識が明確でない可能性もあります。弱者に対する気配りがなされていません。

 バイパスを途中で降りると、そこから市内へ向かうための次に進むべき道について、どちらへ進んでいいのか旅人にとって判断がつきません。ほんとに往生します。とにかく新潟イオン店に正午には着く必要がありましたので焦りました。

 イオン店内にあるスポーツオルティに着いたのが、10時45分でした。予想以上に早い到着でした。ここで亀裂の入った荷台の交換と同時に前後輪のタイヤとチューブも交換することにしました。稚内でタイヤ交換をしてからパンクを一度もしてないので、「事前にタイヤ交換をしておけば、がびょうさえ踏まなければ暫くの間、パンクをすることはまずない」と判断したからです。

 修理は14時10分には終わりました。写真は、新潟市街にある「ホンマ健康ランド」です。この日は新潟市街にある「道の駅・新潟ふるさと村」で野営するつもりで、そちらに立ち寄ったものの、なぜかむなしくなったので、比較的近くにある「ホンマ健康ランド」へ場所移動したものです。

 ところがこの夜、仮眠室内にある板の間で横になっていた年配の方が、寝言を言いだしたではありませんか(私には当初、寝言であることが分かりませんでした)。すると、自分の頭の傍に立てていた高さ約1bの照明器具を手に取り、思いっきり床に叩きつけてしまったようです。あとで見ると当然、照明器具は破損し、ガラスが周囲に飛散してるほどでした。

 この日は土曜日でしたから、多くの客が利用していました。寝ていた皆さん、このトラ男”の突然の大暴れに全員が冷水を掛けられた、と言うのか、全員目覚めて館内が騒然となりました。まるで盆と正月が一緒に来たような騒がしさでした。

 それにしても暴れた原因が寝ぼけでした。なので暴れた本人もそのあと、我に返り、暫らく「ぼ〜」としていました。あとから担当者に向かって、しきりに「すみませんでした」と詫びていました。

 双方、詫びる相手は、まず利用客ですよ。さっぱり分からない・・・・。それにしても、寝ぼけも暴れるまでになると、ほとんど病気としか思えません。このような寝ぼけ見たことがない。

 近くに多くの人が寝ていたのに、飛散したガラスがよくぞどなたにも当たらなかったものです。ほんとに他人迷惑な出来事でした。

良かれと思って寝た健康ランドが、予期しない出来事で睡眠不足状態での出発になりました。


2010年09月05日(日)   <走行距離:104.56q>  <天気:晴れ>
新潟市(ホンマ健康ランド)〜新潟県柏崎市(道の駅風の丘米山) <日本海側周回9日目> <走行55日目>
 洗濯をするため昨夜の健康ランドを5時30分に出発。コインランドリーで洗濯をしていると、地元で新聞配達をされている年配の男性と様々な話をする機会がありました。洗濯を終えると、マクドで朝食です。

 この日も、かなり厳しい暑さの一日でした。走る国道から佐渡島が見えてきました。佐渡島に渡れなかったことが少し悔やまれます。でもこの島には道の駅が見当たりませんので、あえて行くつもりもありませんでした。それに日本海側を走っていると、恐らく今は何もないとは思うのですが、あの北朝鮮による日本人拉致事件が脳裏をかすめます。爺を拉致する間抜けなどいないでしょうけれども。その佐渡島を遠巻きに眺めながらの走行でした。

 海岸線を沿って走るのは景色も良くていいのですが、それも向かい風の影響を受けないことが条件になります。

 走行していると、距離が31.8Kmもある「九比岐自転車歩行者道」に出くわしました。北海道ほど整備されているわけではありませんが、この道は、ときには専用のトンネルまで設けてあります。そのことを考えると、すごく贅沢な専用道路といえます。なんだかんだ言っても、安全に走れる訳ですから専用道路があるに越したことはありません。

 写真は、新潟県柏崎市街を少し通り越したところにある「道の駅・風の丘米山」の休憩所です。この日、泊る道の駅です。休憩室が24時間開放されていましたので、そこで泊ることが出来ました。この道の駅は、国道8号線からやや小高い丘にありますが、そこの小高い丘から眩しいばかりの夕日を見ることが出来ました。道の駅の下を通る国道沿いには、広いスペースのお店があり、とても活気に満ち溢れていました。なお、道の駅の少し手前にあるホテルで入浴をすることが出来ました。
 
 寝る段取りに入ろうとしていると、日本縦断を目指している九州(福岡市)出身の二人の大学生がやってきました。様々な話をした後、休憩室にある畳の間で彼達と共に寝ました。二人も昨日、走行途中出会ったもので、佐多岬から宗谷岬を目指しているところでした。好青年でした。
 
 出発の朝、青年が「親不知(狭いトンネル地帯)が危険ですから気を付けてください」、との忠告を受けました。彼達もまた日本一周をされた先輩から出発の時、「親不知のトンネルを通る時は、気合を入れて走るように」との忠告を受けたそうです。


2010年09月06日(月)  <走行距離:154.31q>  <天気:晴れ>
新潟県(道の駅風の丘米山)〜富山市豊田町(アプレシオ富山店・マンガ喫茶)<日本海側周回10日目><走行56日目>
     出発の朝、青年から「親不知」が危険であることの忠告を受けての出発だったので、なんとなく嫌な感じでした。ただ、これまでも太平洋沿岸を走行する過程で、幾度となく危険なトンネルを走り抜けてきましたので、今更驚くことでもありません。

 この国道は、海辺の山肌を縫うようにあることから、落石防止のため一部区間で半トンネル式に国道が造られています。なので、トンネル内から海側を望むことも出来る構造になっています。ただ、どちらかといえば幅員が狭いので、双方から大型車両が来ると、そこで自転車が挟み撃ちになるので生き地獄の恐怖を味わうことになります。たしかに危険極まりない国道であることは間違いありません。

 さて、この日は、翌日の能登半島走行を考えると、出来るだけ金沢市街にある健康ランドで泊っておくことが条件でした。ところが、目的の場所近に着くと、なんと健康ランドが閉館になっているではありませんか。そこで、夕食のため立ち寄った「すきや」の若い店員さんの情報から近くにマンガ喫茶のあることが分かりましたので、在館時間7時間を考えた上で、出来るだけ遅い時間に入館することにしました。そこで近くにある温泉で時間調整をしたうえで、「マンガ喫茶(アプレシオ富山店)」に向かいました。

 マンガ喫茶は、非常の場合に使うのはいいのですが、時間制限があるので、一定の時間を過ぎると当然、超過料金の支払が必要にります。つまり在館7時間がひとつの目安で行動しなければなりません。だから遅く入って、早く出ることになるわけです。


2010年09月07日(火)  <走行距離:76.97q>  <天気:豪雨〜曇り>
富山市豊田町(アプレシオ富山店・マンガ喫茶)〜石川県七尾市(道の駅・能登食祭市場) 
<日本海側周回11日目> <走行57日目>
 富山市街にある「マンガ喫茶(アプレシオ富山店)」を出発。この日はいよいよ能登半島を目指します。半島の長さが中途半端でありません。それだけに、半島を周回するには、かなりの時間を要することを覚悟していました。つまり、日本海側を走行する過程で、もっとも厄介なルートであることを心していたのです。

 能登半島の付け根に入った時は、日差の強い暑い朝でした。恐らくフェーン現象の影響によるものと思われます。つまり、この日は折しも私の目指す能登半島を台風9号が上陸しようとしていたのです。

 悪い予感が的中して能登島を目指していたものの、七尾市街を通り越して和倉温泉街手前になると、どす黒い雲が空を覆ってきました。「これ以上の前進は無理」、と判断した私は、能登島へ向かうのを諦めて、七尾市街にある「道の駅・能登食祭市場」へ引き返しました(写真)。

 すると、道の駅に到着して暫くすると、雨脚が激しさを増してきました。仮にもう少し先の能登島にある「道の駅のとじま」まで強行していたなら、確実に濡れていたはずです。

 写真は、道の駅の正面です。幸い軒先の奥行きが長かったので、いかなる風雨でも安心でした。この日の夜は、濡れることなく石の上に新聞とグランドシートを敷き、その上で寝袋に入り寝ることが出来ました。運が良かったとしかいいようがありません。写真は道の駅の正面ですが、裏は海になっています。


2010年09月08日(水) <走行距離:21.25q>  <天気:雨〜晴れ(能登半島に台風9号が上陸)
石川県七尾市(道の駅・能登食祭市場)〜石川県能登(道の駅のとじま) <日本海側周回12日目> <走行58日目>
    この日、台風9号が能登半島を直撃しました。昨夜から大荒れになっていました。台風が能登半島を通過したのは、この日の正午過ぎでした。

 それにしても、立ち寄った道の駅の軒先スペースが広かったので、台風からの風雨から逃れることが出来ました。ただただ、運が良かったとの思いです。それに、ここの道の駅には食料が結構ありましたので、食についてもなんら困ることがありませんでした。

 台風が通過すると雨も上がりました。ただ、夕刻が近づいていましたので、時間的なことを考えるとできればもう一泊留まるのがベターであるとの思いでした。でも「可能な限り一歩でも前進をしておきたい」、その心理が勝り、夕方になっていましたが、雨も上がったので強行して能登島にある「道の駅のとじま」へと移動したのです(写真)。

 和倉温泉の近くまで進み、そこから能登島大橋を渡ると能登島です。道の駅移動途中、「ひょっこり温泉島の湯」のあることを地図上で確認していたので、立ち寄りそこで入浴を済ませまいた。「道の駅も近くだから」との安心感もあり、けっこうゆっくり入浴をしたように思います。外へ出ると、もう真っ暗闇の世界です。地図上では、温泉から道の駅までの距離が近く感じたのですが、田舎のこともあり、ましてや夜なので、いざ走ってみると予想以上に道が複雑なうえに距離感を感じたものです。それに進む道路の両サイドは、森林に覆われています。まさに、人一人、車さえも交差しません。なので誰かに訪ねることもできません。

 「この道、ほんとかよ?」と、半信半疑の心境で、ただひたすら走り続けていると、やっとの思いで道の駅に着くことができました(写真)。勿論、道の駅にはどなたもいません。

 周辺を見渡しても照明が灯っていませんので、どのような場所なのか自分の立ち位置がどのような場所なのか、予測も尽きません。森林の中に道の駅がある、そのように見受けたものです。

 一階にある自動販売機の傍に長椅子(写真)がありましたので、そこで寝ることにしました。ところが、深夜になるにつれ、厳しい冷え込みに襲われ、さすがに目覚めて寝てられません。そこですぐ二階軒下に場所移動することで、何とか風の寒から身を守ることができたものです。

 夜が明けてみると、な〜んだこんな素敵なところなんだ、と初めて自分の居場所が確認できたものです。道の駅の隣には「能登島ガラス工房」がありました。この建物は100年の歴史を持つ小学校が廃校したものを、ガラス工房として再生させていました。

 翌朝、作品を作っている一人の青年とお話する機会がありました。どのようなことでもいい、とにかく一生懸命仕事に身を置く姿は素晴らしいことです。それに、若者が都会へと流出する時代ですから、地域活性化のためにも、なお更いいことです。手厚い支援をしてあげてほしいものです。


2010年09月09日(木)  <走行距離:137.7q>  <天気:晴れ>
石川県能登(道の駅のとじま)〜石川県白米町(道の駅千枚田ポケットパーク) <日本海側周回13日目><走行59日目>
 この日は、能登島内・国道257号線を通り、昨日とは別の能登島に架かる2本ある橋のうちの「ツインブリッジ」を渡り、能登町から能登半島の先端を一回りしたうえで、輪島の少し手前にある「道の駅千枚田ポケットパーク」まで移動するものです。
 
 道の駅から能登島を抜けるまでのルートは、以外にもアップダウンの繰り返しでした。なので能登島を抜けた時点で既に今日のスタミナを使い果たした、そのような感じでした。小さな島だけどほんとに手ごわい。

 出発、間もなくすると、道の駅に続く林道を早朝ランニングされている若い女性と擦れ違いました。そのとき彼女から「頑張ってね〜」と声援の掛け声を頂き、ほんとに勇気づけられました。私もすかさず「ありがとう!」の言葉を返したものです。「もしかすると能登島ガラス工房で作品を作っているのかな?」とふと、そのようなことを考えました。

 また一方、橋を渡っていると散歩中の私と同年代の男性との出会がありました。話が弾みました。同年代の私が自転車で日本一周をしていることを知ると彼は、「パワーを頂きました。帰ってから、妻にも『自転車で日本一周をしている同年代の方と出会いました』と話をします・・・」と、私との思いがけない出会いに、盛んに喜びを表現してくれました。私もすごく励みになりました。
 
 能登島を抜けると、能登半島の最先端にある「禄剛崎(ろっこうざき」に辿りつきました。禄剛崎灯台は、これまで見てきた灯台とはデザインが異なります。それもそのはず、イギリス人の設計によるものでした。

 灯台のあるところから岬をひとつほど通り抜けると、道はやがて細い林道の上り坂に差し掛かります。すると、かの有名な「ランプの宿」の所在を示す看板が目に留まりました。全く意識してなかったので、驚きました。とにかく立ち寄ってみよう、そんな思いからランプの宿に続く別の脇道の林道へと入って行きました。

 宿に続く道は以外にも狭いうえに、杉林の細い道を通ります。すると、やがて光の差し込む畑のある広い空間に出ると、すぐ岬の先端に着きます。すると、視界が一気に海を眺める景色に一変します。

 岬の小高い丘に着くと、恐らくランプの宿が経営しているのでしょうか?そこには、小さな売店があり、眼下には、テレビを通じてみる風景が開けます。がけっぷちの下には、荒々しい日本海の海岸があり、海岸山裾にへんばりつくように、真っ黒の屋根瓦で覆ったランプの宿が数棟、軒を連ねて見えます。なかなか風情のある宿です。日本ならではの宿です。

 ランプの宿のある岬の丘、売店のあるすぐ傍には、絶壁の崖から突き出すように鉄骨で組み立てた空中展望台が、宿のある海側に向かって設けてあります。崖っぷちから突きだしたデッキの先端からランプの宿の全景を眺望するために設けられたものです。ランプの宿を斜め上空から写真を撮るにも最高のポジションです。でも、ここへ入るには料金が必要でした。私は入ってみました。

 さて、この日の夜は、石川県白米町にある「道の駅千枚田」です。そこに着いたときは、もう夕暮れ近くになっていました。田舎の道の駅なので、夕方になると誰もいません。この場所が寂しいと思えば輪島市街にある道の駅まで行けばいいのです。少々寂しい感じもしましたが、なぜかここで泊ろう、と決めていました。あえてこの千枚田のある道の駅で野営をすることで、ひとつの思い出として心に深く刻み込むことにしたのです。

 ここに着いたときは、千枚田から夕日の絶景を撮っている若者が3人いました。そのうちの2人は私と同様のいでたちです。それも撮影を終えると、すぐ輪島方向に走り去って行きました。いつの間にか私だけになりました。

 日が暮れると年配の方が犬を連れてやって来ました。彼は北海道で生活をしていたそうですが、近年この地へ移られたそうです。「北海道の冬は寒さがきついので、輪島はまだ遥かに暮らしやすいところです」、と語ってくれました。「へ〜ぇ、北海道の寒さで鍛えると輪島の寒さなんて気にならないんだ・・・」と内心、驚きました。私も輪島の寒さは分かりません。ただ日本海なので寒いのかな、その程度の認識でしょうか。

 この夜は、道の駅千枚田の物品を陳列するための台座を利用して寝ました。その上に、いつもの要領で新聞を敷き、更にテントの下に敷くグランドシートを敷いた上で、寝袋の中でみの虫状態で寝ました。

 すると時間は確認していませんが、深夜、私の寝ている近くで、二人の女性がヒソヒソ話をしている声が聞こえます。私の寝ている寝袋と自転車が目に付いたようです。それにしても深夜、何も見えないはずのこの場所に、なんで女性が?と思いました。でも私は、微動だもしませんでした。そのまま、朝までご臨終でした。


2010年09月10日(金)   <走行距離:130.73q>  <天気:晴れ>
石川県白米町(道の駅千枚田ポケットパーク)〜金沢市街(テルメ金沢・健康ランド) 
<日本海側周回14日目> 
<走行60日目>
     この日は、いよいよ能登半島から脱出です。でも、能登半島は素晴らしいところでした。見どころが満載。それに自然も豊です。こんな所なら住んでもいいよな〜と思える土地もありました。冬の寒さがなければが条件ですが。心からいいところだと思いました。能登島も田舎暮らしには最適ですね。

 千枚田ポケットパークを5時30分に出発。この時期になると夏と違って日が短くなってきたことが実感できます。朝の陽ざしの遅くなったのに加えて日の暮れるのが早くなってきました。このことは、日中の走行時間が短縮されてくることでもあるのです。

 能登半島も能登島は別として内湾側を走っている時は、ほぼ平坦なので心地よい風景を楽しみながら、ある意味、鼻歌まじりで走行を楽しむことが出来ました。ところが千枚田を過ぎると、それも一変。輪島市を過ぎるまでのルートが結構、厳しいアップダウンが続きます。少々疲れました。

 移動中、琴ケ浜にある「鳴き砂」の傍を通ることが出来ましたので、立ち寄ってみました。夏場は海水浴場になるようで、シャワー設備が目に留まりました。早速、砂浜を歩いてみました。

 砂を手のひらにすくってよく見ると、一般の砂とまるで違うことが分かります。砂の輝きが全然違います。砂浜入り口にある看板の説明では、「鳴き砂は、きれいな石英をたくさん持った砂です。琴ヶ浜の石英の粒は、0.4mm程の大きさで、含有率は72%以上を占めます。石英の粒は硬く(ダイヤモンドの硬さを10とすると硬さは7以上)、この硬い粒同士が擦れあって、音を出します」と記されていました。

 なるほど・・・、だから砂を踏みつけると鳴くような音が出るんだ、と納得したものです。

 この日、走行していると、とんでもない旅人に出会いました。なんと、リヤカーに荷物を満載して引っ張っりながらの旅人です。自転車から降りて彼に話しかけてみました。東京から新潟へ出た後、九州方面を目指して日本一周をされているところでした。世の中には、とんでもないことに挑戦されてる人のいることを知りました。自転車なんてちょろいものです。驚きました。なお、彼は外国でもこのスタイルで旅をされたそうです。とにかく強靭な体力と精神力を兼ね備えた方です。

 リヤカーだと自転車のように狭いところをすり抜けることが出来ません。それに登りや下りの過酷な道が待ち構えています。場所によっては、リヤカーの通れないところもあります。どうするのだろうか?

 能登半島を抜けた後、金沢市街へ入ると「テルメ金沢(健康ランド)」がありますが、今夜はそこで泊ることにしました。


2010年09月11日(土)  <走行距離:74.24q>  <天気:晴れ、夜から雨>
金沢市街(テルメ金沢・健康ランド)〜福井県三国町(道の駅みくに) <日本海側周回15日目> <走行61日目>
 この日は、昨夜泊った金沢市街から、福井市内まで一気に移動するものでした。とは申しましても、この日の走行距離予定は70Km程度ですから走る距離は短かいものです。でも、自転車に荷物を積んでいるうえに休日もなく走り続ける日々ですから、既に疲れはピークでした。

 福井県へ入ると東尋坊には立ち寄らず、その近くを通り過ぎると一旦、芦原温泉街へと入りました。町の離れで夕食を済ませると、目的地である「道の駅みくに」へと向かいます。この日も暑い一日でした。温泉街を通る時、過去、数回、同僚と訪れたことのある宿の前を通りながら、過去を懐かしく思ったものです。

 写真でもお分かりのように、この道の駅の軒先空間が広いうえに長椅子がいくつかありましたので、その椅子で寝ました(写真)。本当はテントを設営すればよかったのですが、夜になると雨が予想されたので、テントは控えました。予想どおり23時頃になると雷雨になりました。

 ところで、この道の駅で、北九州市から来られた私よりも3歳ほど年配のライダーの方とお話しをする機会がありました。彼は60歳の定年を迎えてから大型二輪の免許を取得されていました。そのバイクが何とホンダ1900ccで、逆輸入されたものです。バックギアまで装備されています。実際バックさせてみせました。

 そんなすさまじいマシンを傍で見るのは初めのことです。羨ましい、と思いました。彼は、このバイクを操るには腕力が必要なので、ジムに通っているほどでした。車よりも高いそうでしたが。彼とは電話番号を交換してのお別れとなりました。彼は、「増本さん何かあったら、電話をしてください。すぐ行きますから」と心から親切な言葉を掛けてくれました。親切で人情味溢れる人柄の方でした。


2010年09月12日(日)  <走行距離:140.98q> <天気:一時雨〜曇り>
福井県三国町(道の駅みくに)〜福井県高浜市(道の駅シーサイド高浜) <日本海側周回16日目> <走行62日目>
 朝起きると雨は上がっていたものの、行く手には雨を予兆するかのような、鉛色の雲が空を覆っています。でも、携帯電話を通じての天気予報では、目指す小浜市方面は曇りになっているものの雨にはなっていません。昨夜の友人である北九州市の男性は、奥様の助言で「危ないから無理をせず、道の駅に留まりなさい・・・」とのことで、「もう一日ここにいます、」とのことで、彼とは「道の駅みくに」で留別しました。
 
 後ろ髪を引かれる思いでしたが、残された走行距離のことを考えると、たとえ雨であっても留まることは出来ません。いずれ差し迫る寒さのことを思うと、11月前半までにはこの旅を終えなければなりません。

 目的の場所は、福井県高浜町にある「道の駅シーサイド高浜」です。若狭湾の小浜市と舞鶴市の中間に位置します。5時50分に出発しました。

 出発間もなくすると、とんでもないほどの篠突く雨に襲われました。雨雲の中へ入り込んでしまったようです。でも幸い、雷は少々離れで鳴っていたので、助かりました。あっという間にびしょ濡れです。ま、この旅を通じて、大雨には幾度となく襲われていますので、今更、驚くこともありません。濡れるのは慣れたものです。
 
 以前、越前岬海岸を訪れた時、周辺にドライブインがあり、そこにすごく広い公衆トイレのあったことを記憶に留めていました。それは広い空間で、中に入ると用足のところまで踏み石が敷かれています。踏み石の両サイドには、森を再現するように低木が植樹されていました。小鳥のさえずる声まで流されていました。そんな広い空間のなかに、和式便器がぽつんとありました。広すぎてなんだか変な感じがしたものです。

 便所のいやな雰囲気など微塵も感じない、そのようなトイレでした。そこへ立ち寄ろうとしましたが、どうしても目につかずじまいでした。もしかして、無くなったのかな?便所ごときで、懐かしがるのはおかしいか。

 敦賀市街へ入る手前になると交通量が半端ではありません。いやな思いをしながらなんとか抜けだすことが出来ました。交通量が多いので少々恐ろしい国道でした。

 苦労しながら目的とする「道の駅シーサイド高浜」に着きました(写真)。ここの休憩室は24時間開放されていたので、そこの長椅子で寝ることが出来ました。私の他に4名の方が泊りました。とりわけ51歳の男性ですが、ここで7カ月も滞在されていることを知りました。また、ご夫婦で倉敷から旅行中の方もおられましたが、この方も既に2週間滞在されていました。この年配の方と随分話しました。いや、それにしても道の駅はこのような役割も担っていることに気付きましたし、ここで色々な人間ドラマが繰り広げられていることも知りました。

 道の駅の傍には素敵な温泉もありましたので、そこで1時間余りかけての入浴でした。私も連泊してみたい、そのような誘惑に駆られたものです。施設も新しくて清潔でした。素晴らしい道の駅です。


2010年09月13日(月)  <走行距離:108.61q>  <天気:雨のち晴れ>
福井県高浜市(道の駅シーサイド高浜)〜兵庫県(道の駅てんきてんき) <日本海側周回17日目> <走行63日目>

宿泊した道の駅の写真が残せていません。
 今日の移動は、経ケ岬の近くにある「道の駅てんきてんき」でした。本当は昨夜の道の駅でもう一日留まりたかったのですが出発しました。このような淡い思いを抱いたことが幾度あっただろうか?

 昨夜の道の駅を5時40分に出発。このときはまだ全員寝込んでいました。目的地の天気は9時頃が雨で、そのあとが晴れとなっていましたので、思いきっての出発でした。すると出発して20分もするとまたもや雨でずぶ濡れです。でも、幸い1時間程で雨も上がってくれたので、助かりました。

 日本三景のひとつである天橋立でちょっとだけ休憩。過去ここにある砂浜で弟と遊泳したことのある場所です。休憩を済ませると天橋立の中にある松林を縦断する道を通りぬけると、一気に丹後半島へ入りました。雑誌の写真でもこの地を見てはいましたが、実際この地に身を置くと、寒気を感じるほどの断崖絶壁がありました(写真)。

 切り立つ山肌の海岸線を縫うように通る国道から海を覗き込むと、なんだかぞくっとするほどの断崖絶壁があります。その美しさに思わず立ち止り、写真を撮りました(写真)。写真の前方に見えている岬の先端へ回り込むわけです。でも険しいところほど景色も素晴らしくなるものです。見ごたえのある思い出深い風景のひとコマになりました。

 目的の道の駅を間近にして、経ケ岬灯台に立ち寄りました。灯台のある岬に着くと、灯台へ続く山道を歩く必要があります。夕暮れ近い時間でしたが、それでもまだ観光客の姿を見かけました。

 経ケ岬灯台と道の駅までの距離は比較的近い位置にあります。道の駅に着くと、幸い傍に温泉がありましたので、この夜は、そこで入浴することができました。でも、明日は温泉も道の駅売店も閉店になっていたので、運がよかった。。

 この夜の寝床は、道の駅の軒下の空間にテントを設営しました。道の駅の裏に芝生の一角がありましたので、できればそこにテント設営をしたかったのですが、天気予報では夜中になると雨になっていたのでテント設営をやめました。やはり夜中になると雨が降りました。

 ところで、お風呂から道の駅へ戻ると、芝生の一角でいつの間にかテントを設営した青年をチラッと見かけました。どうやら彼はバイクの旅人でした。ただ、深夜、雨になったので彼のテントは濡れていました。


2010年09月14日(火)   <走行距離:44.51q> <天気:曇りのち正午から豪雨>
兵庫県(道の駅てんきてんき)〜兵庫県豊岡市(豊岡駅舎) <日本海側周回18日目> <走行64日目>
 本来、経ケ岬から国道178号線、「琴引浜〜久美浜〜城崎〜竹野海岸〜香美町〜余部鉄橋」の沿岸線を走る予定でした。でも、この中間地点に寝床となる「道の駅」がありません。駅舎の規模も小さく感じられたので、少し内陸へ入り豊岡駅へと向かうことにしました。雨や寝床確保のことを含めての行動でした。

 走行ルートの変更です。豊岡駅を目指すため久美浜から城崎方面へ向かうことを止めて、それまで走ってきた沿岸沿から国道178号線をそのまま通り、一旦、内陸側へと進みました。「とにかく駅へ向かえばなんとか寝床が確保できる」、との判断からでした。そのため、ある程度大きな駅でなければなりません。豊岡駅であれば駅舎もそこそこの規模があるはず!と判断したのです。

 ところで、豊岡駅手前になると、鉛色をした異様な雲が空を覆いはじめました。これはダメだとの思いから、急いで駅を目指しました。すると、なんと、到着と同時にものすごいゲリラ雷雨になりました。その降り方は中途半端ではありません。前方がかすむほどの篠突く雨でした。おまけに、けたたましいほどの雷です。もう少し遅れていたなら、全身びしょ濡れになるところでした。本当に危機一髪でした。

 到着後は、駅前にある百貨店で20時の閉店間際まで居座りました。そのあとは終電とともに駅舎の軒先で寝ようと思い移動しました。しかし、陸橋の下にある駐輪場に置いていた自転車の傍に数人の若者が私の自転車を眺めています。どうやら私の旅支度をした自転車に興味があるようです。ちょっと気がかりでしたので、駐輪の場所を駅長室の軒下へ移動させました。

 さて、夜も暮れてきました。駅舎の軒下では、どう見ても寝れそうにありません。それに駅舎だと終電になるまで寝ることが出来ません。そこで目にしたのが、駅前にある「バス停」でした(写真)。屋根があるし長い座イスがありましたので、そこで寝ることにしたのです。そのためには、過去の経験を踏まえて、駅前交番で勤務をされている警察官に事前に声を掛けておくことにしました。

 交番を訪れて勤務中の警察官にあいさつです。事情説明したあとバス停で寝ることを告げました。すると、「ここは治安についての心配はありませんが週末の遅い時間になると、たまに酒に酔ってちょっかいをだす人がおるかも知れません。交番にも酔った勢いで入ることがありますから。でも今日は、平日ですから恐らく大丈夫でしょう」と、若い警察官でしたが、すごく親切な対応をしていただくことができました。

 早速、バス停で寝ましたが深夜になると、あまりの寒さで寝ることが出来ません。そこで、寝場所を駅前にある陸橋の渡り廊下の片隅に移動しました。少しでしたがとにかく寝ることが出来たので、助かりました。本当は、警察官からも、ここの方がいいよ、との助言を頂いていたのですが。


2010年09月15日(水)  走行距離:94.11q> <天気:晴れ>
兵庫県豊岡市(豊岡駅舎)〜鳥取県(道の駅神話の里白うさぎ) <日本海側周回19日目> <走行65日目>
 想像はしてましたがこの日のルートは、さすがにアップダウンのある厳しい道が続きました。時には、自転車を押さなくては、どうしても進むことの出来ないところもありました。新しいバイパスが開通しているものの当然、自転車は通れません。結局、ヘアピン・カーブで勾配の激しい海岸線の旧道を走らされる羽目になりました。

 紆余曲折な海岸線を通りながらも、なんとか余部鉄橋の架かる香住町にたどり着きました。列車事故後、新しい鉄橋完成を目指しているところでした。ここで少しばかり観光すると、一路、鳥取砂丘を目指しました。

 鳥取砂丘に着くと、暑い日差しであるにもかかわらず結構な観光客が訪れていました。私も海辺にある小高い丘まで歩いてみました。

 ここも以前同僚たちと訪れた観光地です。でもね、まさかこの地を自転車で訪れるなど、考えてみたこともありません。なんとも無鉄砲なことをしていることか、と改めてため息をついたものです。でも、松島と同様、何だか空しさが漂い、観光を終えると慌てて立ち去りました。

 走行途中、私と同年代の男性との出会いがありました。彼は、徒歩で日本一周を目指して横浜を出発。その後、北海道はレンタカーで周回したあと日本海側を南下。九州へ向かっているところでした。当初テントを持参しての移動でしたが、さすがにテントの重さに耐えかねて、途中から衣類をリックに詰め込み背負い歩いているところでした。パソコンで宿を検索したうえで事前予約を入れながら歩いているそうでした。それにしても、様々な方がおられるものです。この方も私と同じ年齢でした。自転車の旅でもそこそこの費用がかかるのに、宿を利用しながらの日本一周は宿泊代金が高額になります。大変だと思いました。

 この日は、「道の駅神話の里白うさぎ」での野営でした。場所は、鳥取市街の少し離れに「湖山池」がありますが、その近くになります。この道の駅も休憩室が24時間開放されていましたので、中にある長椅子で寝ることが出来ました。写真の地図は、翌日の走行ルートと距離・道の駅を確認するためのものです。

 ここで横浜出身のご夫妻との出会いがありました。このご夫妻、一年を通じてほとんど車で旅をされているそうでした。羨ましい限りです。沖縄にも車で行かれたそうですが、沖縄へのフェリー代金だけでも20万円弱かかったそうです。「沖縄はお風呂がないので困ります。時にはお風呂に入るのに時間をかけて移動したこともあります・・。沖縄へ行くのは止めときなさい・・・」。このような助言を頂きました。楽しい夜でした。


2010年09月16日(木)   <走行距離:145.97q>  <天気:晴れ>
鳥取県(道の駅神話の里白うさぎ)〜(道の駅秋鹿なぎさ公園) <日本海側周回20日目> <走行66日目>
     目的の場所は、境港市の中ほどにある「中海」からさらに入り込んで「宍道湖」に面した所にある「道の駅秋鹿なぎさ公園」です。

 海岸線の国道9号線をひたすら走ると、米子空港のある431号線に入り境港市を目指しました。ところが「境水道大橋」を自転車では通行できないので、ルート変更することで島根半島側へ渡ることにしました。このルートは、走りやすかったですね。湖を見詰めながら楽しいツーリングを楽しむことが出来ました。

 松江市街に入ってから、町のマクドへ入り一服です。途中、国道沿いに自転車店が目に付いたので、チェーンに油を注入して頂くなどした後、ただひたすら、今夜の道の駅へ向けて走りました。夕暮れになる頃には、なんとか道の駅へ着くことができました。

 夜は、ご覧のように屋根付きの屋外休憩所でテントを設営しました(写真)。屋根があるうえに床板になっていたので、夜露の心配もなく寝ることができました。

 ところで、出発の朝、車で100日かけた旅の途中のご夫妻に出会いました。ご主人が私の傍へ来てくれました。私よりも少々年配でしたが、この方、すでに自転車で日本一周をされていました。そのようなことから私の自転車を目にして興味を持たれたようです。ご主人は宮崎県出身でしたが、「宮崎へ来た時は私の家で泊ってください」と言ったあと、ご親切にも住所と電話番号を書いたメモ書きのペーパーを預かりました。本当に嬉しかったですね。

 この方も自転車の旅を通じて、ご親切な方のお宅で泊めていただいた経験があり、そのあと、何かお返しをしをすることを考えたところ、「何もいらないから、あなたが他の方に、何かできることをしてあげなさい」との言葉を大切にしてきたそうです。それが、私に対する親切な言葉となっていたわけです。


2010年09月17日(金)  <走行距離:48.98q> <天気:晴れ>
(道の駅秋鹿なぎさ公園)〜島根県出雲市(道の駅キララ多岐伎) <日本海側周回21日目> <走行67日目>
 この日の朝は、年配の男性と話が弾んだ余韻で、道の駅を出発したのが9時50分になっていました。なので、この日の移動距離は短くて、島根県伎町にある「道の駅キララ多伎」まででした。場所は、出雲大社を少々南下したところにあります。途中、出雲大社に立ち寄り旅の安全祈願をしたうえで出発しました。

 「道の駅キララ多伎」に着いたのが、午後4時30分でした。ここにある休憩所は24時間開放されていましたので、これまた助かりました。ただ、テレビがずっと付けっ放しなので、寝るには問題がありました。日本海側は、どうしてなのか休憩室が24時間解放されている道の駅をいくつも拝見しました。もしかすると寒さが関係しているのでしょうか?中の長椅子で寝ることがでるので、助かります。

 ここの道の駅も、道の駅を感じさせない程に立派で、外観が西洋建築的な建物でした(写真)。休憩室の空間も広くて素敵でした。

 この休憩室で、自転車で日本一周を目指している青年とめぐり合いました。彼も私と同様、九州を目指しているところでした。彼は、ときには深夜3時頃まで走り続けたこともあったことの体験談をしてくれました。

 若い人は、なんとも無謀な走りをするものです。夜間、ましてや深夜の走行はとても危険です。酔っ払いや居眠り運転の車に当て逃げをされる恐れがあるからです。深夜走行は絶対に避けるべきです。


2010年09月18日(土) <走行距離:81.85q>  <天気:晴れ>
島根県出雲市(道の駅キララ多岐伎)〜(道の駅ゆうひパーク浜田) <日本海側周回22日目> <走行68日目>
     この日の走行は、疲れました。朝から晩までアップダウンの連続でした。朝6時10分に出発でした。島根県浜田市内にある「道の駅ゆうひパーック浜田」を目指しました(写真を残せていません)。
 

 ところで、出発して数キロ走った地点でしたが突然、左目が痛み出したではありませんか。コンビニや途中で見かけた道の駅の手洗い水で洗眼をしたものの、目の違和感が一向に治りません。寝不足なのかなぁ、と当初は思ったりもしましたが、それにしても痛みと違和感が少しも解消しません。この日は土曜日です。「なんとしてでも、今日のうちに眼科へ行っておかなくてわ」、と思ったものの、場所的に考えて眼科がそう簡単にあるとは思えません。でも明日は日曜日です。走りながらも焦りました。
 

 すると、なんと走行中の国道沿いに「鈴木眼科病院」の看板が目にとまりました。このときの時間ですが 11時を過ぎていました。とにかく心から嬉しく思い、助かった、と安堵したものです。

 受付窓口を訪れると、「今日の受け付けは終わりました。予約を入れていますか」との問いかけです。私は旅人であり予約もしていないことを説明。すると、なんとか受け付けてくれました。
 
 診察の結果、2個の鉄粉が刺さっていることが分かりました。取り除いた二つの鉄粉を見せてくれました。女医さんでしたが、とてもてきぱきした説明です。医師も良かった。

 診察の後「あなた、明日は日曜日よ! 鉄粉は錆がでるから放っておくと、もう少しで大変なことになっていたわよ・・・」と、いたわりの言葉を受けました。まだまだ神が私を見捨てていないことに気付きました。

 それにしても、医師の言ったとおり、午前中の診察が出来ていなかったら、大変なことになっていたはずです。翌日が日曜日であるうえに、その次の月曜日が祭日であることさえ忘れていました。救われました。危機一髪でした。
 
 目指す「道の駅・ゆうひパーク浜田」は、バイパスに沿ったところにありました。脇道をかいくぐりながら進む必要がありましたので、行く着くのに手間取りました。この日の夕方ですが、11日に出会った北九州市の友人から電話がかかってきました。「今日会ってないと、増本さんにお会いできませんから、これからそちらへ行きます」との連絡です。このとき彼は、かなり近くまで来ていました。

 このあと、日が暮れてから「増本さんに会おうと思って、今日は本当に走りました」と言ってから、梨とビールを手土産に持って来てくれました。心から嬉しかったよ。夜は軒下で共に一夜を明かしました。


2010年09月19日(日)   <走行距離:98.06q>  <天気:晴れ>
(道の駅ゆうひパーク浜田)〜山口県(道の駅萩し〜ま〜と) <日本海側周回23日目> <走行69日目>
     北九州市の旅の友人ともこの日の朝、お別れしました。恐らく再びお会いすることはない、との寂しい感情を押し殺してお別れをしたものです。親切な方でした。生涯忘れることはないでしょう。

 写真は、山口県萩市にある「道の駅萩しーまーと」です。この日の宿泊場所になります。

 移動途中、少し手前の「道の駅・阿武町」に温泉がありましたので、そこで入浴することが出来ました。ただ、浴槽のスペースが狭すぎました。それでも300円ですから文句は言えません。ここに着いたのが13時頃でした。

 15時00時には目的とする道の駅に着くことができました。ここで閉店間際に値引きで買った夕食を食べました。仮眠も広い軒先で、しかも幸い長椅子がありましたので、そこで眠ることが出来ました。

 この道の駅には、海産物を主体とした多くの商品が陳列されていることもあり、また日曜日なので多くの客で賑わっていました。野菜から果物・海産物等、多くの商品が陳列してありました。

 ただ、他の道の駅の食事でも言えることですが、海鮮料理の料金がべらぼうに高いと感じました。魚や野菜は地元で取れる食材なので不自由しないはずです。にもかかわらず、2000円あまりの値段が一般的です。長い旅を続ける者にとって贅沢はできません。なので道の駅でこの種の料理を見ると、いつも見るだけでした。少なくとも1,500円未満で提供出来るようにしてほしいものです。いつも素朴に思うことでした。

 道の駅が発展するためには、地元の方のやる気にかかっています。それと大切なことはお店のスペースです。欲を言えば、海産物や野菜等を豊富に出せか否かに、すべてがかかっています。


2010年09月20日(月)  <走行距離:100.84q> <天気:早朝一時雨、のち晴れ>
山口県(道の駅萩し〜ま〜と)〜山口県安岡市(インターネット・スペースプリエイト) 
<日本海側周回24日目> 
<走行70日目>
     出発の段取りをしていると、ご夫妻が私のところに歩み寄って来ました。私と同年代のご主人が奥様と車で旅行中のところでした。ご主人は若い時に自転車に随分、乗っていたそうです。それが体調を崩した今は自転車に乗ることさえ出来なくなったことを打ち明けてくれました。そのうえで、私が自転車に乗れることに加えて走りぬいたルートを知ると、すごく驚いていました。ご主人が「ここまで走っただけでも凄いことです。十分、十分、・・・」と称えてくれたものです。

 ご夫妻は長崎県出身でしたが、ご一緒に記念撮影の後、お別れをしました。素晴らしい人柄のご夫妻でした。ご主人の健康が回復されることをお祈りしたいものです。

 この日は、山口県下関駅舎で寝る覚悟をしての出発でした。下関周辺では、他に泊る手段が思いつかなかったからです。

 やや起伏のある道を走り続けているうちに、下関駅約9Km手前の国道沿いでインターネット「スペースクリエイト自遊空間」が目に留まりました。ちゅうちょすることなく、そこで泊ることにしました。駅舎よりは遥かに安全に眠ることが出来ます。

 予定の場所よりも距離を残して立ち止まることになりますが、かと言って下関駅まで強硬しても、せいぜい駅舎の軒下で夜明かしをすることになるだけなので、それでは寝ることも出来ません。それに治安のこともありますし。だから、ここで留まることにしたのです。

 すぐ傍にはスーパーとコインランドリーもありましたので、助かりました。ただ翌朝5時に出発するつもりで入店したはずでしたが、ほんの3分程延長しただけで延長料金を支払うはめになりました。この種のお店は、きっちりしています。かなり損をしました。

 インターネットカフェ(マンガ喫茶)で寝るときは、利用時間に十分注意しておくべきです。7時間が原則です。例えば午後10時〜翌5時までが目安になります。これを延長すると代金が加算されることになります。







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