<旅行記>

 


九州(有明海沿岸、走行日数13日<九州周回24日>)

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旅行記

2010年10月09日(土)  <走行距離:29.75q> <天気:雨>  
<九州有明沿岸走行1日目>
鹿児島県へ(フェリー)〜鹿児島市喜入町道の駅喜入) <走行89日目>
 船は予定よりも少し早い8時20分に鹿児島港へ接岸しました。鹿児島に着くといやな雨が降っています。下船のあと、まず岸壁近くにあるコインランドリーへ直行。その後、コンビニで雨具を買うと、次の目的地となる「道の駅喜入」へ向かいました。鹿児島湾に面したところで、指宿市手前の喜入町になります。

 走行途中、宅急便のお店を見つけました。そこで思い切ってテント関連一式を自宅へ送ることにしました。かなり勇気のいる決断でしたが、これまで三回も荷台が破損しているので、残りの距離を考えると同じスタイルで走るとまたキャリア破損のリスクを伴うはずです。なので「なにがなんでも自宅までトラブルなしで帰りたい」との一念から、荷台の荷物を軽減することを考えました。それと、新潟市内を走行以降、一度もテントを使っていなかったことがテントを自宅宅配する決断の一つになりました。

 荷台からテント一式がなくなるだけでも、随分軽さを実感したものです。

 この日目指す道の駅までの距離は短いものでした。雨なので、あえて先を急ぐことは避けることにしました。道の駅に着いたのが、14時過ぎでした(写真)。結局、雨は夕方まで、しとしと、と降り続きました。夏と違ってこの季節の雨は濡れて走ることができないので、本当に嫌になります。

 道の駅といっても、温泉施設がメインのようで、中に入ると1階フロアで地域の特産品が販売されていました。到着後、とりあえず、ゆっくりと入浴をしました。

 写真正面玄関を拝見してもお分かりのように、施設はすごく立派です。ただ、この日は雨なので、とにかく建物のひさしのあるところで寝る必要があるわけですが、そのようなスペースがありません。写真では、大きなひさしが見て取れますが、その下は車寄せになっているので、寝られないのです。

 それでも幸い、施設の隣の建物の軒下に、なんとか寝られるだけのスペースがありましたので、そこで寝ました。


2010年10月10日(日)  <走行距離:100.82q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行2日目>
鹿児島市喜入町(道の駅喜入)〜鹿児島県南さつま市道の駅きんぽう木花館) <走行90日目>
 昨夜泊った道の駅を6時30分に出発する寸前、広島県呉市出身のご夫妻が車で旅行中のところに出会うことができました。どうやらこのご夫妻、軒下で寝ている私を見たのでしょうか?

 このご夫妻、ご親切にも出発間際の私に「帰るときに、私に電話をしてください。そして私の家で泊ってください・・・」と、住所や名前・電話番号まで伝えてくれました。世の中には、まだまだご親切な方が多くおられることを痛感したものです。有難いお言葉でした。でも、勿論、立ち寄ることはできません。

 この日は、幸い雨も上がりました。昨日と打って変わって快適に走行することができました。自転車で旅をする者にとって、やはり晴れているに越したことはありません。

 この日は、薩摩半島沿岸に沿いながら長崎鼻へ立ち寄り、そこから開聞岳外周に沿い枕崎市へ出た後、南さつま市にある「道の駅きんぽう木花館」を目指すものでした。

 鹿児島県も鹿児島湾内の国道については、ほぼ平坦な道なので宮崎県よりも楽に走ることが出来ました。ただ薩摩半島も指宿へ入ると、若干のアップダウンがあります。

 長崎鼻から眺める開聞岳は美しいものです。絵になる美しさです。「富士山をコンパクトに据え置いた」、そのような風景でしょうか。この後、開聞岳外周に沿っての走行に入りました。

 開聞岳周回に入る手前ですが、いきなりトンネルが見えました。それもかなり幅員の狭いトンネルです。早速、トンネルの中へと入りました。トンネルは、薄暗くて小さな天窓があるものの、場所によってはほぼ真っ暗に近い状態です。視力の悪い私にとっては、ライトがなければ進めません。過去、幾多ものトンネルを通りましたが、これほど薄気味の悪いトンネルを通り抜けるのは、初めてのことです。

 このような心理状態のなかで少し進むと、前方になにかデカイ物体のあるのが、かすかに見て取れます。そばで目を凝らせて見たものの、それが何であるか確認出来ません。ただ、デカイことは確かでした。お化けの苦手は私は、寒気を感じるほどで、とにかく急いでこの場を離れました。

 後ほどの情報ですが、その物体は馬でした。どうやら、開聞岳で生息する野生の馬で、国の特別記念物にも指定されているそうでした。天窓を突き破り上から落下死したそうです。

 トンネルが二か所ありましたが、なんとも薄気味の悪いトンネルで、何やら背筋がひんやりしたものです。とにかく一刻も早くトンネルから脱出したい衝動に駆られたものです。

 それにしても、山と言うのは、やはり遠くから眺めるから美しく見えるものなのです。開聞岳のいやな裏事情を見てしまった、そのような心境でした。

 それでも、長崎鼻から見る開聞岳の風景も素晴らしいと思いましたが、反対側の海岸そばに松の木がありますが、この松の木をバックにして見る開聞岳の風景もまた格別です。

 様々な思い出を残して、この日も予定の「道の駅きんぽう木花館」へ着くことができました。鹿児島県南さつま市になります。ところがこの道の駅、現在建て替え中で(=左の写真)、一瞬、「テントがないので、あれ、困った、どうしようか?」と戸惑いました。でもすぐ横に小さな仮設店舗があり、奥へ入り込むと休憩所の軒下ですが、寝るには十分過ぎるほどの長椅子が設けてあります。そこで寝ることができました。

 少し離れにはコインランドリーもあり、そこで洗濯もできました。ところで洗濯をしていると、近くに住む40歳前半のシングルマザーの方が来られました。彼女と色々世間話や個人の話にまで及びました。彼女は女の子を二人育てて大学にまで進学させていることを知り、本当に強いお母さんだな〜、と感心させられたものです。その一方で、自身は子供のために凡てについて節約しているようでした。

 彼女は建設会社に勤めていますが、昨今の建築業界の不況により、会社が畑違いの農作物を手掛けるようになったらしくて、ため息を漏らしていました。彼女、頑張っているかな。こうして見ず知らずの方と楽しく語り合うことが出来ました。

 洗濯も終わり、道の駅へ戻り「さて横になろうかな」と準備をしていると、一人の男性がやってきました。奈良県から車で単独旅行をされているところでした。「今、失業中なので旅をしています・・・」と言うことでした。彼とも様々な話をした後、出発の朝、ことばを交わしてお別れをしました。皆さん幸せになれることを、心から願っています。


2010年10月11日(月)  <走行距離:106.26q> <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行3日目>
南さつま市(道の駅きんぽう木花館)〜熊本県水俣市(道の駅みなまた) <走行91日目>
 昨夜の道の駅、南さつま市・道の駅きんぽう木花館を6時30分に出発。目指すは薩摩半島を走り抜けて抜けて水俣市内にある「道の駅みなまた」です。

 この日は、なんだか体も疲れているようでした。阿久根市の手前に入ると海岸の傍に「道の駅阿久根」があります。ちょっと立ち寄ってみました。結構なお客さんで賑わっています。休憩所を覗いてみると、どう見ても24時間開放されているように見受けたので、「今日は、ここで泊ろうかな・・・」と、かなり弱気な感じになっていました。でも、ここで立ち止まると明日以降の走行予定が狂ってしまうので、そこは心に鞭を打ち、強気の姿勢でこの場所から立ち去りました。でも疲労困憊の状態でしたから。

 峠越えもありました。自転車が通るには危険な国道もありました。走行途中、走っている道が一般国道なのかバイパスなのか判断に迷うところもありました。走行していると国道はやがて上り坂に差し掛かるとともに高架道になってきました。両サイドは防音壁で覆われています。当然、歩道がありません。おまけに道路が狭いうえに大型トラックを始めとして激しいほどに後続から車が抜き去ります。その場を逃げ出すことも出来ず身の危険を察知したので、脇道が確認できると慌てて逃げ込んだものです。この時ばかりは生き地獄を感じながら走ったものです。

 脇道に逃げ込むのはいいけれども、走行ルートを外すと、地理のわからないところで本来の国道に辿りつくのは大変です。それでもなんとか本線に辿りつくことが出来ました。

 道の駅に着くと、一人の男性がベンチに腰を掛けています。更に、私よりも高齢者でそれもママチャリに乗り、段ボール紙に「日本一周17回目、食事をしていませんので注意、募金をよろしく」と書いたものを自転車の荷台に付けてやってきました。あれ、どこかで見たおじさんだ・・・?

 そう、この方、志布志市内の「道の駅松原おおさき」でお会いした方でした。ここでまさかの再会でした。この方、今は九州を拠点として、九州を周回する旅を楽しんでおられました。なんでも結構、募金もあることをお聞きしました。道が分からない時は、この方に聞けば凡てを把握しておられるほど九州の道を熟知しています。旅の達人です。

 さて、もう一方の男性ですが、東京を出発され、実は、死に場所を求めての旅に出ているところでした。山口県から九州へ渡らず北上しようとした時、一人の男性との出会いがあり「ここまで来たのであれば、是非、九州にも行ってみたら」との強い勧めもあり、九州周回へ入ったそうでした。九州ではこの年配の方と二度目の出会いを重ねるうちに、かたくなで重い心もほぐれて、やっと他人と話ができるまでになりました、と心境を語ってくれました。

 数日後、「〇〇市の窓口へ行きなさい。そうすれば必ず助けてくれるはずです」との、年配の助言により、数日後、市役所を訪れることを確認しました。普通に生活をされている方には分からないだけのことで、本当に窮地に立たされている人がいてることを実感したものです。

 彼も責任ある仕事をされていたそうです。当然、彼の身辺になにか一大事が起きたのでしょう。

 さて、この日の夕食は、道の駅の向かいにある小さな食堂で済ませました。ご主人との会話の中で、水銀汚染後の人口減少や少子化、それに加えて高速道路の開通などが原因でそれまで繁栄していた宿のほとんどが廃業。今は食堂さえも商売にならないことに頭を悩ませていました。地方は大変なんです。

 ここの道の駅の休憩室は、24時間開放されていました。寝る前に3人で話していると、熊本県警の警察官が巡回で立ち寄りました。名刺を差し出してくれる等、その対応は、すごく親切でした。

 夜になると休憩室で3人が寝ることができました。


2010年10月12日(火)  <走行距離:74.79q> <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行4日目>
熊本県水俣市(道の駅みなまた)〜熊本県宇城市道の駅うき) <走行92日目>
 昨夜の「道の駅みなまた」を6時30分に出発。目指すは、写真の「道の駅うき(熊本県宇城市)」でした。

 昨夜の「道の駅みなまた」で再会した旅の達人の情報から「道の駅うき」の休憩所が24時間開放されていることを確認しておいたので、今夜は、この道の駅が宿泊場所になります。

 目指す道の駅へ至るには、峠越えが3カ所もありました。ただ走行距離が80Km未満であったこともあり、時間的には余裕がありました。ただ一部、ほぼバイパスになっているところがあるなど、自転車で走行する者にとっては、なんとも厄介な国道でした。たとえば、走行車線から一度出ると、次にどちらに向かえば本線に戻ることが出来るのかの判断が付きません。生活圏のない方には、何とも困ったものです。至急改善しなくてはならない課題であることを痛感したものです。

 この道の駅は、オープンしてそれ程経っていません。それだけに施設の凡てが綺麗です。休憩所には畳の間がありましたが、すべて真新しいものでした。ただ、ひとつ悩まされたのが、深夜2時ごろ自転車で乗り付けてきた二人の青年についてでした。遅くまでラジオは付けっ放しで、おまけに二人の会話が聞こえるほどでした。どうも常識に欠けています。困ったものです。
 
 私が朝起きると、この二人、何もなかったかのように気持ち良さそうに熟睡しています。「なんだ、これは・・・」と情けなくなりました。


2010年10月13日(水)  <走行距離:121.59q> <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行5日目>
熊本県水俣市(道の駅みなまた)〜熊本県宇城市道の駅うき) <走行93日目>連泊(2泊目)
 元同僚と再会の日です。彼は、私が退職した翌年に退職をされました。引き続き仕事をされていたものの家庭の事情により、今は鹿児島県で生活をされているものです。この日、彼がたまたま天草に里帰りをされていましたので、天草にある「道の駅有明(上天草市)」で再会することにしたものです。

 目的のところまでは、五つの橋を渡る必要があります。道路は整備されているのですが、橋の幅員が狭いため橋の中間で大型車両の板場さみになると、ほんとに冷や汗をかく思いでした。それでも無数ある小島やそこに架かる橋が周辺の自然にうまく調和していて、とても美しいところです。

 「彼を待たせてはいけない」、との思いから、早朝、まだ暗い道を5時35に出発。6時10分になるとやっと明るくなってきました。道の駅に着いたのが10時45分でした。この時彼は、すでにお兄様と姉が同伴で先に待っていました。

 彼とコーヒを飲みながら、道の駅内の食堂で久しぶりに話が弾みました。約1時間余りの語らいでした。この後、彼は鹿児島へ帰るため12時前のバス乗車するため、お別れをしました。恐らく彼と再び会うことはないでしょう。

 この日は「道の駅有明」で泊る予定でした。彼もこの道の駅にある温泉の無料入浴券を持っていましたので頂きました。でも彼と別れた後、なんだか空しくなり、それに翌日以降の走行のこともあるので、結局、昨夜の場所まで引き返すことにしました。12時20分頃、彼の後を追うように引き返しました。

 天草について当初、上天草市の手前、宇土半島の両面の海岸線の国道を走る予定でしたが、ここで彼との面会をしたことからルートを変更して、八代海側の同じ海岸国道を往復することにしたものです。

 この日の夜も、昨夜と同じ道の駅で泊りましたが、前夜と同じ青年がほぼ同じ時間に入ってきました。ということで、二人の青年は昨夜と同じ行為をされたのです。どうやら、ここをねぐらにされているようです。どうでもいいけれども没常識にもほどがあります(写真は24時間開放の休憩室です)。

 道の駅を清掃されるため、夕刻になるとご夫妻がこられます。二晩も泊ると、ちょとした知り合いになりました。とても親切なご夫妻でした。

 それにしても、素晴らしい道の駅(休憩所)だったのに、二晩とも睡眠不足になったよ〜。


2010年10月14日(木)  <走行距離:73.54q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行6日目>
熊本県(道の駅うき)〜福岡県大牟田市道の駅おおむた) <走行94日目>
 昨夜の道の駅を7時10分に出発しまた。

 この日は、大牟田市内にある「道の駅おおむた」を目指しました。道の駅は、進むべき国道208号線(沿岸沿い)から内陸部へとかなり進路が外れます。それでも、道の駅を利用しながら走行しようとする以上、たとえコースが少々外れたとしても立ち寄る必要があります。道の駅に通じる国道は、なだらかな峠を越える必要がありました。
 
 九州に入ってから、一日の走行距離が極端に短くなってきました。最大の原因は、これまでの道路と異なり、やたらと信号機が増えたためです。加えて熊本から長崎を抜けるまでの地形が複雑なルートであることと、道の駅の距離間と密接な関係がありました。そのため、多くが短い走行距離で終わる日が多くなっていました。つまり、道の駅を活用しながら細切れに進むことを選択したわけです。ひとつ先を急ぐと走行距離と時間に無理がでます。このことを避けるには、どうしても一日の走行距離を短くする必要がありました。

 写真は道の駅敷地内にある休憩用テラスです。私は、中央テーブルの上に新聞紙、その上にグランドシートを敷き寝袋に入りこんで寝ました。鹿児島を出発後、テントを自宅に送っていたので、とにかく屋根の下で寝る必要がありました。
 
 さて、私よりも年配の男性が、車を居住として道の駅敷地内で生活をされていました。彼も過去、日本一周こそされていませんが自転車で長距離を走っていたことを語ってくれました。以前、関東で生活をされていたそうですが、今は郷里で生活をされているそうでした。彼の生計は新聞配達です。なので出勤はとてつもなく早いものでした。勤務を終えると道の駅に戻り、車で寝ます。とても真面目な方だと思いました。

 ただ、帰郷後暫らくの間、車を持たない期間があったので、その時期、写真の場所を寝床として利用されていたそうです。なので、暫らくの間、道の駅の駅長さんに厄介者扱いされていた時期があったことを事細かに語ってくれました。ま、それはそれで、駅長の立場としては、やむを得なかったのかもしれません。

 彼とはかなり話しました。苦労をしながら生活をされている人の話には含蓄があります。寂しいことですが旅人の宿命で、翌朝には彼ともお別れをしました。元気かな… 


2010年10月15日(金)  <走行距離:72.15q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行7日目>
福岡県大牟田市(道の駅おおむた)〜佐賀県鹿島市道の駅鹿島) <走行95日目>
 この日の移動は、雲仙普賢岳のある島原市へ向かうため、有明海内湾に沿いながら佐賀県鹿島市街を通り過ぎたところにある「道の駅鹿島」を目指すものでした。

 自転車で旅をしていると時間を無駄にしたくないので、散髪をする時間もままなりません。でもこの日の走行距離に余裕があったのと、それにたまたま通りすがりに安い理髪店を見つけたので入店しました。久しぶりの散髪です。なんだか頭がすっきりしたものです。

 散髪の後は、通りすがりでコインランドリーを見つけたので立ち寄りました。すると、お店の若いオーナーの女性でしたが、私の旅を知ると、お盆にお茶とおつまみまで添えて差し出してくれました。ほんとに恐縮しました。お店のなまえは「あらいぐま」でした。皆さんほんとに親切な方がおられるものです。松島で受けたコインランドリーでのことを彷彿したものです。

 走行は、ほぼ市街地に近い道を通るわけですから平坦でした。だらだらとしながらの走行でしたが、なんとか目的の道の駅に着くことが出来ました。

 道の駅のすぐ傍が海に面しているため、とにかく海からの強い風が吹き抜けていましたので、夜になると寒さが身にしみました。寝床ですが、写真のように辛うじて寝られる幅の長椅子がありましたので、そこで寝ることにしました。

 夜中でしたが、寝ている私の傍に突然どなたか座り込んだのを感じました。起き上がってみると、この道の駅の駅長さんであることが分かりました。私が自転車で日本一周の旅をしていることを知ると、とても驚いていました。

 この夜は、だれ一人いないはずでしたが深夜目覚めると、別の長椅子で関東出身のライダーの青年が寝込んでいました。いつ来られたのか、まったく気付きませんでした。よく熟睡していたようです。


2010年10月16日(土)  <走行距離:81.82q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行8日目>
佐賀県鹿島市(道の駅鹿島)〜長崎県南島原市みずなし本陣ふかえ) <走行96日目>
 写真は、島原市街の少し離れにある「道の駅みずなし本陣ふかえ」にある展望台です。噴火した雲仙普賢岳を一望するための展望台に設けられているものです(二階建て)。この日の夜は、この展望台の座イスで寝ることにしました。

 この日は、昨夜の道の駅を6時35分に出発。「なんとも複雑な地形で嫌なルートなんだ・・・」との思いが強かった島原に至る道のりでしたが、なんとかたどり着くことができました。と言うのか、このコースは意外にも平坦な道でしたので、予想よりも順調なペースで目的地に着くことができました。道の駅に着いたのが16時頃です。すごく走りやすいコースでした。

 この道の駅は、平成3年6月3日に発生した雲仙普賢岳の噴火により、土石流で埋没した民家の一部が歴史保存されています。当時の悲惨な状況を後世に残すため、一部残された当時の民家を大屋根で覆うことで大切に保存されているものです。是非一度は訪れていただきたいところです。

 展望台から見る普賢岳は迫力があります。普賢岳山頂から麓までは当時発生した土石流の痕跡を見て取れます。土石流が発生した山頂から麓に至る斜面では、今もなお緑が再生していません。

 夕食は、道の駅の食堂で済ませました。オーダーストップが16時30分でしたので、滑り込みで間に合いました。更にこの道の駅の閉店が早くて17時でした。道の駅で嫌なのは閉店時間です。多くの道の駅で言えることですが、閉店間際になると音楽が流れます。すると、潮が引くかのように、それまで賑わっていた大勢のお客さんが一斉に立ち去ります。何だか空しくて、ひしひしと寂しさの漂う瞬間でもあります。

 この夜は、私一人かと思いきや、もう一人、大阪出身の青年ライダーが旅の途中でした。この青年は、4月から旅を続けていました。青年は1階案内所窓口にある家屋の空間にテントを設営しての仮眠でした。

 私は、1階で寝るところがないので展望台(写真)にある長椅子で寝ました。ところが、これがまた夜間になると、海風が展望台に向かって容赦なく「ヒュー、ヒュー」と吹き抜けます。この風の音と寒さで寝られません。それにしても、とんでもないところで寝たものです。場所が悪かった。


2010年10月17日(日) <走行距離:101.06q> <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行9日目>
島原市(みずなし本陣ふかえ)〜長崎市街ホテルアマンディ・健康ランド) <走行97日目>
 佐賀県・有明海沿岸〜諫早市〜島原市〜南島原市〜橘湾〜長崎市街に至るまでは、以外にも平坦で走りやすい道でした。

 「この周辺一帯は、起伏のある、かなり過酷な道なのかな」と、想像していただけに、これは意外でした。しかし、長崎方面へ入り込むと蟻地獄のよううなもので自転車の場合、一旦入り込むと、とことん複雑な地形と付き合う必要があります。

 このルートの見どころは、なんといっても普賢岳です。

島原市から長崎市街に至るルートは、平坦で走りやすい道でした。なので意外と距離を稼げます。

 長崎市街へ入るためには、市街地手前にある長いトンネルを抜ける必要があります。島原市内側から長崎市街へ向けて走る場合は、トンネルの反対車線側に自転車・歩行者専用の歩道が設けられていますので、トンネルの手前交差点で右側へ移動しておく必要があります。「ひと目見た感じでは、トンネルを自転車が通れるの?」と、一瞬、戸惑うはずです。いずれにしてもトンネルの交通量が多いので車道は危険です。

 市街に着き、立ち止まってブログ用の写真を撮っていると、後ろから「おじさん」と呼びかける声がしたので振り返ると、なんと、沖縄へ行くときに乗船した青年のうちの一人でした。彼はバイクで旅をしているところでした。これから佐世保市へ行くことを聞き、私の写真を撮ってからお別れをしました。

 私が向かった先は「ホテルアマンディ(健康ランド)」でした(写真)。それが中腹にあるので、傾斜がきつ過ぎて自転車だと上ることが出来ません。自転車を押しました。

 オーナが変わったため、地図上の名所が変わっていたので探すのに若干戸惑いました。それにしてもさすがに坂道の長崎です。河口付近から少し山側へ入ると、この時点で自転車は単なる鉄クズ同然”で、なんの役にも立ちません。と言うか、押す手間がかかるので自転車も厄介者”にしかすぎません。

 長崎市出身の青年の中には、大学生でも自転車に乗れない方のおられることを聞きしました。その理由が分かります。中腹で暮らすと、自転車は交通手段として使えないからです。

 健康ランドには16時ジャストに着きました。広い仮眠室もあり、薄明かりでしたので眠れました。配慮が行き届いていました。良かったですね。


2010年10月18日(月)  <走行距離:67.96q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行10日目>
長崎市街(ホテルアマンディ・健康ランド)〜長崎県西海市道の駅さいかい) <走行98日目>
 この日は、昨夜宿泊した長崎市街を出発すると、大村湾の外海側(西彼杵半島)の沿岸に沿って国道202号線を佐世保市へと向かいました。

 それにしても、長崎市中心部を少々走るとすぐトンネルに辿り着きますが、ここを抜けると、悪魔の上り坂が待ち構えていました。地図を見る限り、気になるコースのひとつであることは想像していましたが、とにかくアップダウンの繰り返しで、この年齢の私にはさすがにこたえました。峠ならばそこを越えば終わるわけですが、アップダウンを繰り返す道には終点がありません。距離的には短かったのですがほんとに疲れました。

 目指す場所は、西彼杵半島・西海市街の外れにある「道の駅さいかい」です。道の駅は海岸の頂にあります。ほんとに小さな集落の中にあり、それでも傍には24時間営業ではありませんが、一応コンビニがあったので助かりました。

 店の外には小さな屋根つきの休憩所があり長椅子までありましたので、この日の夜は、そこで寝ることにしました。ところが睡眠に入りかけると、なんだか奇妙な鳴き声が聞こえてきます。「あれ、なんだろう・・・」と起き上がり周辺を見回すと、なんと道路の向かいにイノシシがいるではありませんか。おまけに野犬までうろついています。自転車にパンをぶら下げているので、深夜になると近寄ってくることは間違いありません。立ち上がり、「シィ〜!」と声を出して追い払ったところ、双方、一瞬にして逃げ去りました。

 結局、寝床と考えた場所が実は居心地の悪いことに気付いたので、道の駅正面出入り口に場所移動しました(写真)。それにしても、風が吹き抜けていたので、場所としては最高でした。

 幸い出入り口の端には長椅子まであります。そこでなんとか寝ることが出来ました。ただ、朝起きてみると自転車にぶら下げていたパンが何かの動物に見事、食べられていました。やはりなにか現れたんだ。


2010年10月19日(火) <走行距離:62.12q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行11日目>
長崎県西海市(道の駅)〜長崎県松浦市道の駅松浦海のふるさと館) <走行99日目>
 昨夜の道の駅を6時30分に出発。道の駅を出ると海岸に向かって急激な下り坂が続きます。仮に逆に進んでいたとしたなら、これは大変な難コースであることは間違いありません。かなりの峠越えになることを覚悟しておくべきでしょう。

 長い下りを山頂から海岸へ出ると、海岸線に沿いながら国道202号線から、佐世保側へ向かうため橋を渡ります。すぐ近くには「ハウステンポス」があります。そこから佐世保市街を通り抜けて長崎県松浦市内にある「道の駅松浦海のふるさと館」へと向かうものです。

 佐世保市はさすがに観光都市です。人の動きが活発であることを感じました。街全体に賑わいがあり活気に満ち溢れている感じがしたものです。中心部を抜けると進行方向にでかい山が三つ(弓張岳、将冠岳、前岳)立ちはだかるように迫ってきます。この山を右回り(内回り)に迂回しながら佐世保市街を抜け出しました。

 佐世保からの道について途中で地元の方の二人に訪ねてみると、「厳しいよ!」との答でした。なので覚悟はしていましたが、昨日のような厳しさはなくて、わずかな上り坂がある程度でした。これで後は、玄海町から唐津市へ至るまでの道のりを制覇すれば、複雑で難解なルートから脱出することが出来ます。

 道の駅には、14時というとても速い時間に着きました。走行距離も60Km程度です。それでも次の道の駅までの距離間のこともありますので、短距離で繋ぎながら気長に進むしかありません。

 ここの道の駅もすぐ傍が海岸になっています。この日は風がなかったので、寒さの心配はありません。いつものように長椅子で仮眠です(写真)。寝ていると、関東から車で旅をされていた女性の方と、なんだかんだと旅について語り合いました。


2010年10月20日(水)  <走行距離:72.14q> <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行12日目>
(道の駅松浦海のふるさと館)〜佐賀県唐津市道の駅桃山天下市) <走行100日目>
     昨夜の道の駅を6時35分に出発。7時40分には、長崎県から再び佐賀県へ入りました。道の駅のある松浦市街を暫く走行すると佐賀県伊万里市の手前に大きな橋がありましたので、近道となるこの橋を渡りました。

 伊万里市から玄海町を走るルートは少々険しいものと想定していましたが、道のりの後半に少々の傾斜があったものの、思っていたよりも楽に進むことができました。そのため、距離も短かったこともあり、午後2時15分には道の駅に着くことができました。

 途中、道の駅を目前にして、仮屋湾内の奥く入り江の海岸そばにかなり歴史を感じる温泉宿の看板が目に付いたので、時間的余裕もあったので立ち寄ってみました。宿はお世辞にも立派なものとは言えませんが兎に角、泉質は一級品のよさを感じたものです。なんだか得した感覚になりました。

 浴槽の窓越からは仮屋湾内の海が見える等、風景そのものも絵画になっているようで、とても素晴らしかったです。とにかく泉質が良かった。もう一度、入りたいよ〜。

 走っていると「浜野浦の棚田」がありました。ここの棚田も美しかったですね。漕いでいたペダルの足も自然と止まり、つい立ち止まり、写真をパチリでした。

 道の駅桃山天下市(玄海町)は、隣がすぐ唐津市と玄海原発の近くになります。道の駅の傍にはコンビニもありコインランドリーもありましたので助かりました。左の写真の長椅子を二つ並べて寝ることが出来ました。

 なお、夕方ですが自転車で青年がやってきたのを見かけたのですが、そのあと何処へ入り込んだのか見当たりませんでした。自転車の荷造りを見て、明かに長距離であることが分かりました。


2010年10月21日(木)  <走行距離:109.54q>  <天気:晴れ>  
<九州有明沿岸走行13日目><九州一周:24日目>
佐賀県唐津市(道の駅桃山天下市)〜福岡県宗像市道の駅むなかた) <走行101日目>
 昨夜の天気予報では、この日は雨になっています。目が覚めるたびに携帯を通じて天気予報を見るものの、どうやらこの日はほぼ雨のようです。昨夜から、この日が雨であれば走行は中止にするつもりでした。大雨の中で、福岡市内を通り抜けるのはちょと大変であると判断していたからです。なので、この日の走行は、ほぼ中止と決めて寝込んでいました。

 すると、昨夜、確かに自転車の青年を見かけたもののそれっきりでしたが、なんと、私の寝ている売店の一番奥の方から青年が出てきました。6時20分でした。少し私と会話を交わした後、彼に昨夜私が走ったルートについてのアドバイスをしたあと別れました。勿論、自転車の旅をしているところでした。

 本当はゆっくり話がしたかったのに残念です。

 このとき再度、天気予報を確認してみると、福岡県は「曇り」に変わっているではありませんか。「なんだよ、これわ」と、私も青年に釣られるかのように、急いで出発の準備に取りかかりました。恐らく7時前でなかったかと思います。

 この日は、九州最後の晩となる福岡県宗像市内にある「道の駅むなかた」を目指しました(左の写真)。最後ですから、やはり自然と力もこもります。とにかく難解なルートをやっとの思いで走りぬけたわけですから。天草から長崎へフェリーで渡れば楽ですよ、と随分進言されたものです。でも、それをすると終わったあとで悔いを残すことになるので、走行ルートには拘りました。

 この夜の道の駅には、私以外、車は勿論のことですがどなたもおられません。吹き抜ける浜風がものすごく強い夜でした。写真自販機の傍にある長椅子を利用して寝ました。